巳也 黎明期 入門前のこと…

時期 出来事
幼稚園児
小学生の頃
初めて父・源氏太郎の芸を幼稚園の卒園式で見る。
当時 地方への数ヶ月単位の仕事、キャバレー、昭和歌謡界のスターについての
巡業が続き、私が父を憶えていなかったのを園長先生が心配してセットされた?
今でも 父がカスタネットを足でカチカチ踏んで演奏した風景を憶えてます…
よく 子どもには 早めに芸を教えた方がいいのかと聞かれますが
この事を思い出すたびに
なるべく家族の中で自然に意識できるタイミングを待つのが
一番いいんじゃないかなと思います
幼児期 芸よりも 音楽の才能を見込んでたという事を両親から聞いたのですが
年長の頃 音楽教室でオルガンを習ったけど 先生が怖くて すぐ辞めちゃいました
その後 小学校4年でギターを父に習いましたけど これも重たくて 諦めました…
うまく いかないもんですねぇ
中学 進路決定 中学校進学時 芸人になる事を考えるも 方法がわからず とりあえず世間の波に
乗り遅れないように 商業高校へ進んでみる 経済的に考えると芸人は貧乏です…
両親も 安定した生き方を勧めてましたから すごく喜んでましたね…
高校 在学中 何か気になると徹底して追及する為 独立した時に
役に立てそうな 芸種を探し始める
この頃初めて 父に芸についての話を聞く事が出来るようになる
遊びで三味線を両親から教えてもらう
(今じゃ ♪お江戸日本橋七つだちー♪ しかできないけどね)
稽古中は物音ひとつ立てられない雰囲気で
そりゃーもーこわーい父でしたから…
でも
社会人デビュー
芸人になるには 元手が必要だ!
某 都市銀行 入社
出会い 曲独楽に出会う
1985年つくば博 に 父が出演したのがきっかけ
東芝館で 三増紋也師が ロボット曲独楽対決したのを テレビで見る
…こんな難しい事は不可能だから もう少し簡単なのを習おうと思ってました…

のちに巳也は まったく違う仕事で このロボットを開発したエンジニアさんに お目にかかり このときの苦労話を 聞かせていただきました…
※巳也には こういういい出会いが たくさんあります
ちなみに このロボット君は アメリカ・フロリダのディズニーワールド内エプコットセンターにあって 今でも動いてるそうです
OL時代 みんな酔っ払うのが 大好きでした
初めてした事 ボーリング・カラオケ・ゲーセン・六本木から朝帰り・恋愛ダイエット
海外旅行〜中国(北京・桂林・上海)、エジプト、欧州(パリ・ローマ・マドリッド)
アメリカ(ハワイ・カウアイ島) ほとんど3日ずつしかいなかった 「短期」な私
退職 5年勤務して 退職金は全部 芸の支度金に…
芸界 見習い
知られざる
デビューの芸名
1年間 両親に付いて 各地を歩き 松旭斎一二三先生に師事
南京玉すだれを 習得
源氏うらら で初舞台を踏む
その一方では銀行で派遣社員として勤務継続
勤務先が築地だったから 大変でも3年間 二足のワラジしました
銀座歩きと 何よりも好きな 「歌舞伎座 幕見」ほとんど週3日ペース
父のお許し いよいよ 紋也師に 入門のお伺いを立てていただく事に…

TOPへ戻る