曲独楽師 三増 巳也 公演・講演の様子、プロモーション写真、子ども向け文化庁事業の事、曲独楽
プロモーション用に↓ プロフィールをお使いください ↓
 2014.11.11更新 巳也プロフィールPDF 3ページ2.4MB
文化庁 『次代を担う子どもの文化芸術体験事業』
公演と講師で活動中
〜各地の学校へ訪問して 曲独楽をご披露しています〜

上記事業の公式サイトはこちら
 こちらは数秒の動画ですが
http://youtu.be/Djg5AliqZN8で見ることができます…
平成16年愛媛県喜多郡内子町立大瀬中学校での講演から…
三増巳也 プロモーション用写真
★曲独楽 三増 巳也 宣伝用にお使いください。
★師匠の言葉がきっかけで曲独楽の歴史と向き合う

★コツコツ調べたから出来た! 初めての講演

★「曲独楽師+講師 三増 巳也」誕生

きっかけは師匠の言葉…

私の曲独楽の師匠、三世 三増紋也はいつも申しておりました。
「曲独楽師は自分の個性で演じていけばいい。
三増流は歌舞伎の市川団十郎丈の三枡紋を使い、二世 三枡 紋弥は
市川猿翁丈の常磐津『独楽』の振り付けに関わったご縁があるから、
くれぐれも曲独楽は美しさを大切に演じてね。」
…私は自分なりに
「古い曲独楽の芸を活かして、演目を工夫する」事を目標としています。

本格的に調査開始した緊張の初講演…

ご縁が桂南喬師匠から舞い込みました。河出書房新社で南喬師が「旅の文化シリーズ・落語」のご担当で執筆されていて、「見せる芸」の歴史関係の寄席公演があったのです。
「旅の文化研究所」主催で当日は落語・桂南喬師、古今亭菊千代師と共演。
前もって南喬師から曲独楽の歴史について、講演と芸を同時にして欲しい旨、依頼を受けましたので、実際に江戸の雰囲気を残す「昭和初期頃の」古い道具仕立てを、曲独楽製作者の伊藤誠一氏保管の現物小道具・資料と照らし合わせ製作しました。
旅支度の衣装、そして当時の曲独楽の大きさなど、調べる限りを尽くして、口上は三増紋也(3代目)からの物で演じました。当日は社長さんからも、南喬師との対談で来られていた、ドイツ文学研究者、池内紀さんも、興味を持っていただきました。
調子に乗ると 勢いがつくのは 「日本の芸人らしい」と申しますか…

★曲独楽師 + 講師 三増 巳也です!
歴史の調査が「国立演芸資料室」「両国江戸東京博物館」の完成などで進んできて注目され、おかげ様で講師をさせて頂く事が増えてまいりましたので
せっかくですから、作った道具を使って江戸の3百年昔の曲独楽の芸のエピソードを、今後も調べながら、講演と曲独楽のご披露もさせて頂こうって事に致しました。

★2010年からの進捗状況
2013.9.21加筆
曲独楽師として、
講師活動中です

そして学校公演も力を入れております!
文化庁主催の 『次代を担う子どもの文化芸術体験事業』 登録 曲独楽師です
★趣味
天然酵母でパン作り、ハーブ栽培

イラストをブログに描いたりしています。

特技
銀行員時代に習ったお札の数え方
 曲独楽師(The top juggler;トップ・ジャグラー
三増 巳也 曲独楽  こぼれ話 

曲独楽師は何人いるのか?
特に独楽だけを使う女性の曲芸師は、世界中でも10人居ません。
日本は、様々な曲独楽師が彩を競う世界一の曲独楽王国なのです。

海外の曲独楽師は?
最近フランスやドイツのパフォーマーさんが興味を持って、曲独楽に挑戦されていると聞き、期待しておりますが、お客さんが求める形を提供する事が、職業としての曲独楽を活かす最大要素ですから、「寄席」という、芸人にとっては道場、お客さんにとっては見本市(あるいはYouTubeで視聴するような感覚ですか…)そういう常設の娯楽施設を持たない外国では、外国籍の専業曲独楽師誕生は、とても難しい様子です。何年かすると他の芸に変わっていたり、辞めてしまっていたり…。

芸の国際化の事は?
もとが太神楽の芸であったジャグリング、曲芸についても、道具が古来のものと現在のパフォーマーの扱う品とは変わっておりますから、舞台での道具さばきなどは今のジャグラーと太神楽でもまったく違って見えます。
そこで「広範囲に普及すること」だけを重点において考えると、
未来の曲独楽はどうなるのでしょうか…。
私は江戸曲独楽は日本の歴史を理解してこそできる芸だと、考えています。
木から丹精込めて作る曲独楽とは違う素材で、工業製品と同様に、曲独楽を製作したら、たぶん同じような運命を辿る事は避けられないでしょう。
もはや、思いの込め方も、日本語の美しさから来る日本の曲、言葉の節回しが、まったく通じない演技をする事になります。
これは、海外へ進出されて苦労された先人の事を考えましても、文化の全面的な援護が得られない個人での芸の交流とは、そういう状況から逃れられないと、私は考えます。
また、海外の方が、言葉を話さずに曲独楽の演技ができない事を痛感されているインタビューを読ませていただきましたので、やはり、思ったとおり、曲独楽とは、日本固有の技芸の文化なのだということを確信させてもらいました。

「調べれば調べるほど面白くなっちゃって…」
ざっくり言うと、山地が多い日本は、縄文時代頃、他から渡ってきた弥生文化の定住稲作の文化の人と入れ替わっていく頃からか…山地の木を利用して寺社の建築・儀式の器や道具を作り、「ろくろ」技術の発展がきっかけで、「木地師」が職業として平安時代から生まれていったようです。
その儀式を担当する僧が、曲芸を奉納してきた歴史もあることから、私は最初、その「僧の事だけ考えてしまって」、芸人の歴史だけを今まで調べてきて、その製作には欠かせない「木地師」の文化を調べることに気が付きませんでした。
現在はそれを調べています。2013.9.21

ジャグリングのディアボロとの違いはココ!
曲独楽は、「回し、そしてまた、止まるもの」です。
演技者が回し続けられるコマとして、中国雑技でお馴染みの輪鼓(ディアボロ)は、糸で始終加速ができますから、絶え間なく回転しますが、曲芸・アクロバットに含まれても、違和感はありません。だから、結局私はディアボロ・ちょんがけ・輪鼓は「曲独楽」とは違うと、自分なりの結論としました。

衰退した戦争後の曲独楽師はこんなにガンバッタ!
日本に様々な曲独楽の要素が集まり、歴史を重ねた工夫が生んだ曲独楽が今も続く理由は、それを求めるお客さんとの関係や、暮らしぶりに目を向けなければ、わからないと考えます。
今まで、曲独楽に対する興味は、ごく狭い愛好家の方だけがお持ちになる趣味の中で生き続けておりましたが、曲独楽の製作が、もう限界に来るかもしれない今、曲独楽の存続を危ぶむ声が出てきています。
三増流は、戦争中も、曲独楽を紋也師の上官が預かってくれるなど、様々な人の心で続いてきた芸です。どこまで日本固有の大衆芸能である、曲独楽を、このまま製作の技術を保っていかれるのか、個人のレベルでは、もう踏みとどまる限界は、近づいているように思います。
国・文化庁の援助で「太神楽曲芸協会」にて太神楽とともに曲独楽師の後継者育成も数年間行われましたが、(私も在籍中に平成10〜13年、鏡味仙三氏を指導させて頂きました。)現在は曲独楽師については実施されておりません。

三増 巳也が広げる「超デッカイ風呂敷」
日本の曲独楽の中で江戸曲独楽は、
最初は宗教の布教や統治者の民心掌握の手段だったものを、
時代ごとの実力者の庇護を得て生き長らえ、
(上記は今後も自分なりに仮説を立てて追記してまいります。)
江戸の町民文化の花開く中では、広く大道芸へと進出、
歌舞伎と並ぶ小屋での公演や武家屋敷、豊かになった町民の宴席に広がり、
やがて寄席へ出る芸に育てていただきました。
中でも、日舞の要素を取り入れた三増流は、
曲独楽と、回し方の美しさで好評を頂戴しております。
江戸の庶民が愛した芸を、
数少ない女性曲独楽師、三増巳也が これからも ご紹介します。
どうぞ 皆様の ご縁が回りますように… 
このページの上へ
詳しいプロフィールは こちらから どうぞ
topへ戻る